さすがに走っていける距離じゃない。
だからと言って、タクシーだとこの時間帯は時間が読めない。
ここから吹雪さんの店までは国道を経由するのが一般的なルート。
渋滞に巻き込まれでもしたらヨハンを止める機会を失ってしまいかねない。
一時たりとも無駄には出来ない。


・・・。


仕方ない・・・。

「なぁ、そこのキミ・・・。そのバイク、貸してくれないか?」

オレはマンションエントランスから駐車場へ移動し、バイクをいじっている少年に声を掛けた。
背中越しに声を掛けられた少年は怪訝そうに振り向き、オレをジロッと見て無愛想に答える。

「何言ってんの、アンタ?バッカじゃね〜」

GX隊員なら手帳を見せる事で捜査要請として依頼できるが、今のオレじゃ『お願い』するしかない。

「馬鹿な『願い』だって分かってんだよ。死にたくなかったらキーを挿してバイクを渡せ」
「はひっ・・・」

背中越しに銃を突き付けて凄むと少年は身を震わせてオレの指示に従った。
少年が怯えながらバイクの準備を済ませたのを確認しつつ、尋ねる。

「燃料は入っているか?」
「さっき入れたばかりなんで、満タンです・・・ッ」

見ず知らずの人間にいきなり銃を突き付けられてバイクを奪われるなんて・・・この少年にとっては不運としか言いようがない。
いくら切羽詰まっているからとはいえ、オレってヤツは・・・。

「すまない・・・。必ず明日、この場所に戻しておくから・・・」

もちろん、ヨハンの狂気を制止し、無事に戻れたらの話だが・・・。
オレはバイクに跨り、発進させる。
少年は呆然として、オレが走り出す姿を眺めていた。













「夜分遅くにすいません。先程、電話した者なんですが・・・」

ヨハンは至って礼儀正しく、吹雪の店を訪ねた。
既に夜も更け、コンビニや24時間営業の店以外は閉まっていても不思議ではない時間帯。
通常であればショップ天上院も店を閉めている。
連絡を受けていた為、特別に店を開けて待っていた吹雪が、店の奥から現れる。

「はいはーい。今開けるよ」

店のドアを開けるという言葉と同時に吹雪がドアを開く。

「急に無理をお願いして・・・。申し訳ありません」

ドアを開けた吹雪に深々と頭を下げ、礼を言うヨハン。
ヨハンの礼儀正しい姿を見て、吹雪も気さくに声を掛ける。

「ま、店先でも何だからさ、中、入りなよ」

吹雪はヨハンを店内に招き入れた。
ヨハンを先に店内に入れ、自分の背後を取られる事なく吹雪は店内にある、作業机に腰を掛けた。
十代から電話を受けている事には触れないようにしていた。
亮の右腕として、GXでも裏社会でもパートナーだった十代が慌てて電話を掛けてきた。
それだけで、吹雪が身構えるには充分な理由になる。

「しっかし・・・、大変だねぇ。タレントさん自ら、ロケ用の小道具を修理しに出向くなんて」
「タレントって言っても、ボクはまだ駆け出しの新人ですから・・・」
「そんな事ないでしょ?テレビをつければ、キミを見ない日なんてない位なんだからさ」
「・・・・・・」

吹雪は、当たり障りのない世間話で時間を稼いでいた。


・・・。


ヨハンは黙って吹雪を見つめて微笑んでいる。


・・・。


しびれを切らしたように吹雪から話し出す。

「そういえば・・・。キミ、前にもロケ前日に直してくれって押し掛けてきたよね」
「ええ。あの時も無理を聞いて貰っちゃってありがとうございました」

ヨハンは丁寧な口調で、微笑みながら吹雪を見つめている。
ヨハンの微笑むその顔は、テレビの画面で眺めている、優しい、人気タレント『ヨハン・アンデルセン』そのものである。
静かに返答するヨハンに対して、吹雪は次第に間が持たなくなってきた。

「ん、んん・・・。で?今日は何が壊れたっていうの?」

ヨハンは口元に笑みを浮かべて吹雪の席に歩み寄って答える。

「それが明日は刑事ドラマの撮影なんですが、自宅で稽古してたらモデルガンが故障しちゃって・・・」

ヨハンの依頼に、吹雪は違和感を持った。

「・・・モデル・・・ガン?」

目の前に居るのは、テレビでよく見かける人気タレント『ヨハン・アンデルセン』。
宝玉の輝きと称される爽やかな笑顔で今し方まで礼儀正しく接していた。
そのヨハン・アンデルセンに対して吹雪は、凡人では気付かない微妙な空気の変化を感じ取った。
十代からの電話。
人気タレントの深夜の訪問。
ヨハンが深夜に、ショップ天上院へ訪問するのはこれで二回目。
一度目は、十代が狙撃ミスを起こした銀行強盗事件の前日。
GXで使用しているインカムと同一機種の修理依頼だった。
大した修理箇所はなく、操作のレクチャーに時間を割いた。

「へぇ〜・・・、撮影前日に自宅で稽古なんて、やっぱり売れるタレントさんっていうのは頑張り屋さんなんだねぇ〜」

吹雪はヨハンと視線を合わさないようにして適度に会話をはぐらかした。
視線を合わさず、視界にはヨハンの動きが全て収まるようにしながらヨハンの行動を監視する。
タレント『ヨハン・アンデルセン』が深夜に行動を起こす時、何かが起こる。
闇の住人である吹雪は、二度目の違和感を見過ごしはしなかった。

「まぁ、今、飲み物でも用意するからさ・・・ちょっと待っててくれない?」

吹雪は席を外そうとした。

「あ、どうぞ、お構いなく。実は明日のロケが早朝からでして、出来れば一刻も早く修理をお願いしたいんです」

ヨハンは、吹雪が席を外す事を阻止する。

「あぁ・・・、そう・・・なんだ」

吹雪もヨハンが席を外させまいとして牽制した言葉である事は察知した。
ヨハンは吹雪の席に歩み寄りながら話し掛け始めた。

「ボクが演じるのは・・・、新人刑事の役なんですけど・・・」

ゆっくりとした口調に合わせて、少しずつ吹雪の座る席に近寄るヨハン。
間合いを詰められている。
吹雪はそう感じた。
ヨハンの優しい笑顔と、穏やかな口調。
にもかかわらず、既に店内には張り詰めた空気が敷き詰めていた。
この笑顔と口調は次の行動へと続く何かの伏線・・・。
ヨハンが持ってきたモデルガンとは本当にレプリカなのか?
次の行動が命運を分ける・・・。

「動くな!それ以上近付いたら、脳ミソを撃ち抜く」

先に仕掛けたのは吹雪だった。
机下に隠してあった小型小銃を素早く取り出し、ヨハンに向かって身構えた。

「どうしたんですか、天上院さん・・・。いきなり銃を構え出したりして」

ヨハンは歩みこそ止めたが、冷静にゆっくりとした口調で吹雪に問う。
銃を構えられ、脅されても動じないヨハン。
明らかに素人の行動ではない。
吹雪はヨハンの素性を見定めようとヨハンの瞳を睨みつけた。
張り詰められた空気に、対峙する二人の視線。
対峙後、先に口を開いのはヨハンだった。

「かかったな・・・」

ヨハンは吹雪が自分の瞳を凝視する機会を狙っていた。

「天上院さん・・・、あなたはもう動けない・・・。動けませんよね・・・」
「・・・ぁ・・・ぅ・・・お・・・ぉ・・・」

必死に抵抗しようとする吹雪。
しかし、身動きがとれない。

「ククッ・・・。天上院さんボクねぇ、催眠術が掛けられるんですよ。子供の頃の・・・生死を懸けた処世術から自然と身に付いたんです」

ヨハンはそう言いながら吹雪に歩み寄り、吹雪の銃を奪い取った。

「天上院さんは人が銃で撃ち抜かれるのを見た事って、あります?」

ヨハンは吹雪から奪った銃を眺めながら、身動きの取れない吹雪に話し掛け続ける。

「・・・ぁ・・・うぅ・・・」
「撃ち抜かれると断末魔を出すんですよね。『ゴフッ』って・・・。クククッ。その後、鮮血を綺麗に吹き出して・・・崩れていく・・・。クッ・・・クククッ・・・」

蜘蛛が巣にかかった蝶を弄るように、ヨハンは楽しそうに吹雪に話し続ける。

「天上院さん・・・あなたはどんな声を出すんだろうな?クククッ・・・」

ヨハンは店の入り口付近まで移動し、吹雪に対して銃を身構えた。

「・・・うぅっ・・・っ・・・・・・」
「大丈夫。オレ良くアメリカの射撃場に行ってるから、一発で仕留めてあげるよ・・・だから・・・綺麗に血を噴き出してよ・・・ね?」
「・・・んっ・・・うぅっ・・・・・・」
「じゃ、天上院さん・・・。バァ〜イ♪」
「っづぁ!」

催眠術は直接生命の危険に及ぶ行為には効果がない。
吹雪はギリギリの所でヨハンの催眠効果を破り、身をかわしたが左腕を銃弾が掠めた。

「あ〜ぁ・・・。天上院さん、下手に抵抗するから痛い思いするんですよ?でも・・・催眠術って身の危険に対しては効果ないって本当なんだな。アハハッ」

ヨハンの催眠術を破っても、筋肉を硬直された反動から、吹雪は全身が痺れた状態だった。
迅速に動ける状態ではない。

「天上院さんは何処を撃ち抜かれたい?頭・・・それとも心臓・・・。せっかくだから希望の場所を狙ってあげるぜ?フフッ」

吹雪が動けない状態であると見越して、ヨハンは再度、ゆっくりと照準を合わせた。


その時・・・